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Appleの創立者の一人であるスティーブ・ジョブズ氏について側近が記した『ジョブズ・ウェイ 世界を変えるリーダーシップ』を読んだ。その中で、ジョブズ氏が好きなエピソードとして、T型フォードでアメリカ自動車産業の礎を築いたヘンリー・フォード氏のこんな言葉が紹介されていた。

「顧客に何がほしいか尋ねたら、もっと速い馬がほしいと答えただろう」

未来を見通すことは難しいけれど、未来について語るときには、現在とは前提が違うという前提に立つ必要がある。自明のようにも聞こえるが、実際には、現在を前提に未来について考えたり、語ったりしてしまうことは多い。

たとえばその1つに、「原発は電気をあまり使わない夜中にもフル稼働で発電して無駄だ」というのがある。たいていは原発不要論の文脈で語られることが多い。原発がなければ必要な電気を賄えないというが、本当はいらない夜中に無駄な電気をたくさん作っている。その分は差っ引いて考えないといけない。夜中の無駄な電気を使わせるために、夜間電力でお湯を沸かすエコキュートなどを売りつけているのだ。と、こんな具合だ。

確かに原子力発電は、ずっと炊きっぱなしで発電するのに向いているといわれる。そしていま時点を考えれば、夜中の電力消費は少ないので、原発が作る夜中の電気は無駄になっているかもしれない。

でもだからといって「夜中に無駄な電気を作る原発は無駄」と将来も含めて結論づけるのはどうなのか。

電気自動車の量産販売で存在感を増している日産のLEAF(リーフ)は、24kWhのバッテリを搭載している。平均的な家庭の1日の電力消費はおよそ10kWhだというから、2軒分以上の容量があるわけだ。この24kWhの大容量バッテリでも、1回の航続距離は200km程度という。一般的なガソリン車の半分以下というところか。将来の技術改良もあるにせよ、つまり電気自動車は、家2軒日分以上のバッテリを積んでも、ガソリン車の半分程度しか走れないということだ。バッテリのコストが下がれば、将来電気自動車に搭載されるバッテリ容量はもっと増えるだろう。

LEAFがドライブから家に帰ってきて、仮にバッテリゼロからフル充電するとなれば、家2軒分の1日の電気を、数時間のうちに消費(充電)することになる。この充電が行われるのは、多くが夜中になるのではないか。

資源の枯渇やCO2排出が問題視されるガソリン車から、使用時にCO2や有毒ガスを出さない電気自動車(EV)や、ガソリン消費を圧倒的に減らせるPHV(プラグイン・ハイブリッド)への移行は、時代の必然だと考えられている。では、そういう時代がやってきて、近所の家々に停まる自家用車がEVやPHVになったとき、電力消費の傾向はどうなるのだろう。きっと夜中の電力消費がいまよりもぐっと増えて、電力消費のパターンはだいぶ変わるのではないかと思う。

私は、だから原発が必要だといっているのではない。私だって原発よりも自然エネルギーのほうが断然好きだし、可能なのであれば、危険な原発は身近からなくなってほしいとも思う。けれども一方で、個人の好き嫌いでは解決できない、私たちの未来の生活をどうするのかという現実の問題があるとも思う。電気自動車はクリーンだから増やそう、原発は危ないからやめよう、化石燃料を燃やすのはCO2が出るからいけない。で、どうすれば電気自動車にみんなが充電できるのか、現実的な解決方法はいったい何なのか。

未来に思いをはせるのは楽しいし、大切なことだ。けれど未来について考えるなら、未来の前提にも想像をめぐらせないといけない。自戒を込めてそう思う。

memo

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1 件のコメントが寄せられています。:

  1. 山の作曲家 より:

    皆が自家用車を持って、各自が好きなだけ走ってガソリンを消費しているという社会構造を前提に、自家用車用に化石燃料をどんどん消費する構造を、そのまま前提にしているので「どうすれば電気自動車にみんなが充電できるのか」という命題になるのです。
    革命的なエネルギー生産やエネルギー利用効率のアップがないと仮定した場合は、自家用車にみんなが充電してエネルギーを消費量を拡大するという交通構造をもたらさずに、いかに自由に好きな時にエネルギー消費量の少ない異動方法を確保するかというところに立ち戻って考えなければなりません。
    また、一次エネルギーで一旦、発電を行い、系統電力で送電して、充電するというシステムは、エネルギーの使用効率的には過去の考え方になるかもしれません。なぜなら、CO2さえその場で放出しなければ、一旦系統電力に変えずにその場で燃料電池などで高効率のエネルギー使用のほうがベターであるという結果がえられるかもしれません。
    このコラムの、充電による電気自動車を無条件に将来性のあるものと無条件に前提にした、非常に、「現在のシステム」の「現実」に技術的発想の硬直したものに思われます。
    系統電力の増強で電気自動車の充電をという発想では原発を過去のものにする技術的な革新の発想は得られません。
    そのような古めかしい発想にしばられず、未来の技術やエネルギー利用構造を考えたいですね。